この企画は古着好きの詩人・田上友也が自分のお気に入りの古着から着想を得たショートショートを綴っていくコーナーです。
「その上着、現場の人みたいでダサいからやめなよ」
とみゆは言った。
「コンビニ行くだけだし、いいでしょ」
と俺は言った。
そのジャケットは京都で買った。当時付き合っていた彼女が俺はとても好きだった。男友達と京都の古着屋に行ったとき、そのジャケットを見つけた。水色で、車の会社のSUZUKIのマークが入っている、レーサーか、メカニックか、即売会用のジャケットだろうか。俺も最初にそのジャケット見たときに、なんかダサいなと思った。でも、その当時付き合っていた彼女の苗字が「鈴木」だったから、なんとなく彼女が恋しくなって、あと、これを買って帰って、普通に彼女の前で着てたら、なんか突っ込んでくれて面白そうだなと思って、友達にはダセーよと言われたが、彼女の反応が見たくて買った。
彼女は俺の部屋の扉をあけて
「おかえり~やっと帰ってきたか!」
と言った。
俺は部屋で少し片付けをしていたが、彼女に近づいて
「ただいま~久しぶりだね~」
と言った。
彼女は俺に抱きついた。俺は抱きつき返した。彼女は寂しかったらしい。俺と会えなくて、寂しかったらしい。俺は寂しかっただろうか。俺も寂しかったと思う。久々に俺の家に来て、一緒にご飯を作って、その前に一回セックスしたけれど、ご飯を食べた後にもセックスをして、一緒にお風呂に入った。
「京都楽しかった?」
「楽しかったよ?」
「あたしに会いたかった?」
「うん、会いたかったよ」
彼女は俺の手をギュッとした。俺はなんだか照れ臭くて、
「セックスもしたかった」
とふざけて言った。
そしたら、彼女は怒ったふりをして、俺の顔に湯船の水をかけてきた。
「うそうそ、セックスもしたかったし、会いたかったよ」
と訂正したが、彼女はもう一度俺の顔に湯船の水をかけてきた。そして、とても嬉しそうにしたと思う。
お風呂を出て、コンビニへアイスでも買いに散歩に行こうとなったときに、俺は満を時して、そのジャケットを着た。そして、彼女の前に立ちはだかり、新しいジャケットを俺は着てるぞーと声に出すことなくアピールした。彼女は
「え?なに?」
と言ったと同時に、
「うわ、なにこれ、ダサっ」
と言い、俺が袖の部分をアピールすると、笑い出した。
それで俺も嬉しくなって、
「カッコええ上着やろー」
と言った。
彼女はまだ笑っていた。
「鈴木って、鈴木、きゃは、ははは、はっ」
と笑っていた。かわいかった。
「鈴木いいでしょ」
と俺は言い、
「私のこと好きすぎじゃない?」
と彼女は言った。
俺は確かにと思った。そんなに安い値段じゃなかったのに、なんでこれを買ったのか。そんなにしてまでこの笑いを俺は取りたかったのか。そうじゃないな、と思った。たぶん彼女が笑っているのをみたいと思ったのだと思う。彼女の笑顔はこのジャケット代で買えたな、とあんまり口に出したらよくなさそうなことを思い浮かべた。
なんか少し申し訳ない感じと恥ずかしい感じがして、彼女を抱きしめた。
「好きだから、買ってきたんだ」
俺は言った。
彼女は
「もー可愛いなお前は」
と言って、頭を撫でてくれた。
彼女とは結構な喧嘩をして別れてしまった。お互いの気持ちが離れて、違う好きな人ができてしまったのが理由だった。でも、俺は彼女のことが嫌いになったわけではなかったし、彼女もそうだったと思う。だから、喧嘩をして別れることになったその日にセックスをした。それ以来、彼女とは連絡を取れなかった。多分彼女が俺の連絡先をブロックしたから。そんなのせこいと俺は思った。だったら、セックスだってさせるなやと思った。そう思っていた自分はいつの間にか消えてしまって、ダサいジャケットだけ残った。
みゆは苗字が鈴木ではなく、本田だった。みゆにこの話をしたことはないし、するつもりもないが、多分したらすごい嫌だろうなとは思う。でも、なぜかこのジャケットを手放せないでいる俺は別に鈴木のことを忘れられないからではないと思っているけれど、実際またどこかで鈴木と偶然会ったりしたら、どんな感情になるんだろう。
SUZUKIレーシングジャケット
古着屋JAM京都三条店で購入。