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第12回 直しついてのショートショート 〜お金が足りない田上友也と、彼の古着の年〜

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 この企画は古着好きの詩人・田上友也が自分のお気に入りの古着から着想を得たショートショートを綴っていくコーナーです。


「何してんの?」

 と昼寝をしていたあいりが俺に尋ねてきた。

「あ~、この前買ってきたニット、穴が開いてたから直してるところ~」

 と俺は針に糸を通すのに苦戦しながら言う。

「また買ってきたの~?ちょっとお金払って新品買えばいいじゃ~ん」

 とあいりは冷蔵庫を開けながら言う。

「まぁまぁこれも趣味のうちよ」

 と俺は針に糸が通ってそれをあいりに見せながら言う。

 俺は穴が開いているような古着を買って、自分で直して、何事もなかったかのように着る人間だ。もちろん直しの素人なので大きな穴は直せない。穴が開いていたりするとかなり安く買うことができるというのもかなり大きい要因だけれど、直すのが俺は意外と好きだ。

 直し終わったニットをあいりに得意げに見せて俺は自慢をする。俺の裁縫技術の向上たるや凄まじいだろと。それをいつもあいりは笑ってみていた。時には頑張ったね~と頭をなでなでしてくれたりもした。俺はこの会話をするために穴の開いた服を買っているのかもしれない。

 こんなことを思い出しながら、俺はふらっと入った古着屋で穴の開いたセーターを買って、あいりのいない部屋でその穴を埋めていた。別に恋人がいようが、いまいが、俺は穴の開いたセーターを買って直して、その行為を楽しんでいるのだけれど、あいりのことを思い出してしまうのがすごく嫌だった。もうあいりにはうまく直せたセーターを見てもらえない。あいりは俺が直したあいりのニットをまだ持っているだろうか。もう捨ててしまっただろうか。俺があいりから貰ったものは思い切って全部捨ててしまったみたいに捨てただろうか。

 俺は穴の開いているような古着を買って、自分で直して、俺は本当の意味で直せるわけではない、何事もなかったかのように、何事もないなんてことはない、だって何かに引っ掛けたのか、何かで間違えて切ってしまったのか、とにかく傷がついた痕は残る、人間の肌とは違う、でも、何事もなかったかのように着る人間ではあるかもしれない、今だって、何事もなかったかのように、穴の開いた古着を買ってきて、自分で直しながら、あいりのことを思い出して、泣きそうになったりしている、もちろん直しの素人なので大きな穴を直すことはできない。

 俺にあいりの痕は残っているんだろうか。そしたら、どうやって何事もなかったかのように生きていけばいいのか。裁縫道具を取り出して、針に糸を通すのを少し苦戦したりしていれば、痕は消えるんだろうか。あいりはどんな痕だったか。俺のどこにあいりは痕をつけたのか。それともあいりは痕なんか残していなくて、ただ忽然と姿を消してしまっただけなのか。

 そういえばいつも直しやすい服ばかりを選んで買っていたなと直し終わったセーターを見て俺は思う。例えばハイゲージのニットなんかは直しても痕が目立つから、穴が開いていてもほとんどの場合買わない。でも、今回も買ったみたいなローゲージかミドルゲージのニットは直しても痕が目立ちにくいから好んで買っている。俺は次誰かと付き合うときに、ハイゲージみたいな人じゃなくて、ミドルゲージやローゲージみたいな人を選べばいいのかな、と思ったけど、そもそも俺がハイゲージだったら意味がないやと思って、自分で自分の頭をなでなでしてみた。


nitro clothingで購入

ラルフローレンのラムウールショールカラーニット

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